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カテゴリ:赴任地の事( 3 )

2008年 03月 30日
出会いと別れ

      卒業、新入学、転勤、など年度末は何かと出会いや別れの季節なんだなって思う。希望や不安を抱いての

      新しい旅立ちはチョッピリワクワクもするけれど、お別れするのは寂しいもの・・・。我が家の玄関に、

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      「いらっしゃいませ♪」と言うように出迎えてくれるこのバティックは、インドネシアから帰国する時に友人達が

      記念に下さった。とても嬉しい品だった。事前に「私このバテッィク好きだな!」ってお友達の一人に

      話してたのを覚えていてくれて、額にして、プレゼントしてくれた。(ありがとう!)

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      ”イワン・ティルタ”と言うその頃バティックの第一人者だった方の作品らしいけど、私は色や柄が気に入って・・・・

      その頃この家に住むことも決まっていなかったけれど、

      きっと日本の家屋にも合うんじゃあないかしら?と一目ぼれした。

      シンガポールから帰って来るときは、まだ若い私を随分と色々助け、励まし、

      共に笑い、共に泣き、思い出がありすぎて、

      その後イギリスに行くのが決まっていた彼女と、たくさんの見送りの人が居る中で、

      最後に抱き合ってワンワンと 泣いたっけ。

      飛行機に乗ってもしばらく小さくなっていく島に、心を残してこれからの生活に心を切り替える事も

      難しかったあの日。

      パッキングする時に、思い出の数々も一緒に詰め込んで、また新しい地でダンボールを開けるとき、

      蘇る懐かしい想いに気持ちは瞬時に戻ったりして・・・。

      でも、決して悲しかったり、嫌な想いばかりではなかった気がする。そんな事があったから、感謝する事の

      欠片さえ見つけて大切にする事も分かったし、新しい出会いにまた次の深い交流を信じようと言う

      前向きさを持つことも教わったかな?

      ♪ 人生いろいろ~男もいろいろ~女だっていろいろ咲き乱れるわ~♪

      咲き乱れてるのかしら?(わたし、アハハ)


      えっ?狂い咲きって・・・・?!    

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          こんなに綺麗じゃなかった・・・(--;)チャンチャン !



     
      
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by rise_1246 | 2008-03-30 12:05 | 赴任地の事
2008年 02月 10日
頭から火が出そうに怒った・・・思い出。
     インドネシアに住んでたときに、呆れるような出来事があった。

     色々な事はもう国民性の違いだったりするから、慣れてるつもりだったけど、この一件は今も

     思い出すと可笑しい。

     人前であんなに怒った事ってあれが一番だった気がする。

     あの頃15cmの靴を探してて、インドネシアのとあるデパートにディスプレイしてあった

     可愛い靴を見つけた。ひと目で気に入ってサイズもぴったりだったし、デパートのお姉さんに

     「あの靴をください。」と言ったら

     「OK」という感じでレジに持って行った。

     レジの人はその靴に付いてるプライスを打って、待ってる。その時になって、靴が一つしか

     ない事が分かったようだった。サービスの子は「残念ね。一個しかないわ。」と言う。

     「分かったわ。二つ揃ってないんだったら、お金戻して。」と私。

     「打ってしまったから、もう無理。」ってレジの子。

     「靴を一つじゃあ履けないでしょう?」と私。

     「私の知らない事だから。」とレジの子。

     「ちょっと待って。靴一足のお値段払ったんだから、一個だけなら要らないの。」と私。

     そんな押し問答を続けるけど埒が明かない、まして私のインドネシア語は下手くそで

     一つ一つ考えながらじゃないと言えないし、・・・言葉が上手く出てこないってあんなに

     ストレスなんだなぁーって思う。ましておかしいと思うことを相手に話して納得してもらう

     なんて事。

     後に引く気はなくて、私はとうとう「マネージャーを呼んで。」と言ったら彼女達は顔を

     見合わせてる。「とにかくマネージャーを呼んで。」「それとも夫がこないといけないの?」と。

     トワァンというインドネシア語はだんな様と言う意味で向こうの子達は結構この言葉に

     弱い。

     そうしてる間に、マネージャーが出てきた。

     私は最初っからのいきさつを説明するのも、もどかしくて、日本語でまくしたてた。

     「どういうつもり?」「靴一個だけなんて履けないでしょう?」「その対応もきちんとして

     くれないってどういう事?」とか。バァーと。

     腹がたってる時って色々言うより、日本語で感情のままに言うのが一番通じるなって感じた

     出来事だった。


     結局返金してもらったけど、ひどく疲れた。でも今思ってもあの時使えない一個にお金を

     払って「ありがとう。」は言えなかったな。

     今の私だったらどうするかしら?って思うけど、もっと上手なやり方があったのか、無かった

     のか、でも思い出すとやっぱりあれって事故に遭ったような事で、その処理はああいう風に

    するしかなかったのかな?って思う。


     インドネシアの人になって書いてみると、仕事に対する考え方やお客様に対する考え方が

     まったく違うのであの子達が意地悪だったりする訳じゃあない。    


     あちらの子は日本人はお金持ちだって思ってるから、これ一個のお金

     位良いでしょう?と思ってたと思う。

     日本は色々あるけど、サービスとか言う意味ではやっぱり凄いなぁーって思う。これは


     私が日本語をそこそこに操れるって事ばかりではないような気がするけど・・・。

     色々なことが当たり前のように感じるけど、あの頃の生活を思い出すと凄く順調に事が

     運ぶことにきっと住みやすさとかあるのかな?

     今にして思えばお手伝いさんのいたあの生活も懐かしくはあるけど・・・!(笑)

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by rise_1246 | 2008-02-10 11:30 | 赴任地の事
2007年 07月 20日
懐かしいかの地、インドネシア~♪
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   懐かしいワンシーン。。。インドネシアのクリスマスパーティーの日。
   これはインドネシアのアパートで、180㎡位の広さがあったかなぁ?
   一戸建てに住んでる方はもっと広かったです。家具は全部付いていて、自分で買うのは
   壷や装飾品。「みんなの家」を観た方は分かると思うけれど、ドアは基本的に中へ
   開いて「ようこそ!」と迎える感じでした。
   クリスマスに半袖って言うのが、常夏の国って感じでしょう?

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   あの頃我が家から見たジャカルタのメインストリート方面。我が家からメインの通りまで
   車で10分位でした。Purapancyaと言う通りに面してました。

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   マンションの下にはプールがあって、横の建物は今で言う「ジム」の機械。
   その奥にはスカッシュのコートがありましたっけ。。。

   だから、凄く住み易いかと言うと「NO!」です。 貧富の差も激しくて危険といつも
   隣あわせ。何処に出かけるのにも車で相手先まで入らないと何処で何があるか
   分からない感じ。 今はもっと変わったのかなぁ?
   私自身怖い思いも山盛りしたし、子供にも可哀想な事だらけ。。お散歩さえも
   出来ない暮らし。
   でもここで数年色々な方にお世話になって、過ごした日々でした。特に運転手さん、
   とても気立ての良かったお手伝いの子には助けてもらいました。

   お手伝いの子には本当に当たり、はずれがあって、皆さん色々嫌な思いもして
   らっしゃったけれど、私の家に縁があった子は帰国される日本人から引き継いで
   「ふきん」「雑巾」などの感覚は分かってたので、まだ良かったし、気立ては急に
   変えられないからね。良い子で日本食も一生懸命覚えていました。(日本食が
   たくさん作れる子になると次の就職で優遇されるんですよ)
   私は彼女を次に赴任される方に引き継いで、とっても喜ばれました。
   テレマカシー!

   (彼女の写真もいっぱいあったけど、思いが深いので無断で載せるのは止めました。)

   そんなこんな、インドネシア。思い出は尽きないものです。

   最後の桜。赴任前。


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   これ一応ペアルックにしてるつもり。。。(爆)写真撮ってる夫もベージュの
   パンツとカーキ色のサマーセーターでしたっけ!(笑)
   そうそうこのスカート!私の手作りでした~♪   

それで、今日はもういいかぁ!と思ったけれど。。
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by rise_1246 | 2007-07-20 16:30 | 赴任地の事